ペディラヴィウム会は、創学期の国際基督教大学において、イエス・キリストの福音に根ざした真理の追求と豊かな人間教育の理想に献身された神田盾夫先生ご夫妻の薫陶を受け、その精神を継承し、新たに展開していくことを自らの使命と受けとった者たちにより1972年6月に発足しました。
2010年3月、これまでの歩みを顧み、その基本理念を確認し、さらに新たな発展を期して、一般社団法人を設立し、文化催事、教育催事、研究会・学術会議の企画及び運営、親睦会の開催、学術情報提供サービス、機関誌の発行、図書・雑誌の出版をおこなっています。
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2015年11月14日
紀要『ペディラヴィウム ― ヘブライズムとヘレニズム研究』
[最終更新:2024年8月31日]
紀要『ペディラヴィウム ― ヘブライズムとヘレニズム研究』について
1979年創刊、最新号(第78号)2023年12月発行
「創刊の辞」に記されるように、我が国では、ヘブライズムの研究、ヘレニズムの研究は、それぞれ、きわめて徹底しておこなわれているのに比して、両者の接触・接衝に関しての研究は必ずしも充分に掘り下げられていないとの反省から、両域に関する研究、およびヘブライズムとヘレニズムの関係についての論考を掲載しています。
各巻の目次は下記のとおりです。
各巻500円で販売しており、残部のある限りバックナンバーもご購入いただけます。
ご購入申込およびお問合せはペディラヴィウム会事務局までご連絡ください。
ペディラヴィウム会事務局
〒153-0042 東京都目黒区青葉台3-3-4
電話:03-3461-2495
e-mail: office X pedilavium.com
(「 X 」を「@」に打ち換えてください。)
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そのほかの刊行物についてはこちらをご覧ください。
『ペディラヴィウム』総目次
1号, 10号, 20号, 30号, 40号, 50号, 60号, 70号
第78号(2023年12月20日発行)
《巻頭言》
「出会い」について. . . . . . 神田 盾夫 [1-9] *再掲
《論文》
「雅歌」再思 ― ユダヤ経典講釈文芸の一例. . . . . . 飯郷 友康 [10-29]
ホメロス叙事詩の新たな受容と研究に向けて ― 『イリアス』をめぐる川島重成氏との対話. . . . . . 小川 正廣 [30-88]
《書評》
並木浩一『ヨブ記註解』[第3版](日本キリスト教団出版局、2023年)を読む. . . . . . 山畑 譲 [89-100]
川島重成著『ホメロス叙事詩の世界 ― 『イリアス』と『オデュッセイア』』2023年 ピナケス出版 395ページ. . . . . . 西村 賀子 [101-117]
第77号(2022年12月20日発行)
《巻頭言》
環境危機 ― 旧約聖書とギリシア古典、そして現代. . . . . . 佐野 好則 [1-2]
《論文》
グランドツアーとギリシャ考古学 ― ディレッタント協会と18世紀英国のギリシャ趣味. . . . . . 増子 美穂 [3-27]
《書評》
小川正廣著『ホメロスの逆襲 ― それは西洋の古典か』. . . . . . 川島 重成 [28-88]
第76号(2021年12月20日発行)
《巻頭言》
現代に呼びかけるヘブライズムとヘレニズム研究とは〜学問研究におけるロコスとパトス〜. . . . . . 高橋 一 [1-7]
《論文》
パウロ書簡における「奴隷」. . . . . . 田中 健三 [8-25]
《書評座談会》
『ホメロス『イリアス』への招待』をめぐって. . . . . . 大芝 芳弘・日向 太郎・佐野 好則(司会) [26-39]
《論文》
盛期英国ルネサンス・牧歌文学の最高峰 ― サー・フィリップ・シドニー『アーケイディア』について. . . . . . 川井 万里子 [40-62]
第75号(2020年12月20日発行)
《巻頭言》
紀要『ペディラヴィウム ヘブライズムとヘレニズム研究』の意味を問う. . . . . . 編集委員会 [1-3]
《論文》
『イリアス』におけるエリニュス. . . . . . 小林 薫 [4-18]
初期ユダヤ教における復活と魂の不死. . . . . . 小河 陽 [19-54]
《講演記録》
パウロの死生観・復活観. . . . . . 川島 重成 [66-72]
第74号(2020年1月20日発行)
《巻頭言》
天正遣欧使節のコインブラでのクリスマス. . . . . . 佐野 好則 [1-3]
《論文》
エポーデーとしてのソクラテスの言葉. . . . . . 水元 彬人 [4-16]
異邦人の王たちの現実「ムナの譬え」とヘロデ・アンティパス. . . . . . 河野 克也 [17-40]
《講演記録》
ヴィクトリア朝英国におけるホメーロス問題. . . . . . 浜本 裕美 [41-69]
《書評》
『『イリアス』への招待』を読んで ― 読者としての感想. . . . . 沓掛 良彦 [70-88]
第73号(2018年12月20日発行)
《巻頭言》
〈妹の力〉 ― ヘブライズムとヘレニズムの場合. . . . . . 荒井 直 [1-14]
《講演》
ヨブ記のダブル・ヴィジョン. . . . . . 並木 浩一 [15-30]
《書評》
佐藤真理恵『仮象のオリュンポス ― 古代ギリシアにおけるプロソポンの概念とイメージ変奏』(月曜社、2018年). . . . . . 三嶋 輝夫 [31-50]
魯恩碩『旧約文書の成立背景を問う ― 共存を求めるユダヤ共同体』(日本キリスト教団出版局、2017年)を読む. . . . . 山畑 譲 [51-61]
第72号(2017年12月20日発行)
《巻頭言》
ロボットに「信じる」ことは可能か. . . . . . 小河 陽 [1-6]
《論文》
『オデュッセイア』と『アルゴナウティカ』におけるセイレーン・エピソード. . . . . . 佐野 好則 [7-25]
《講演記録》
ハンナ・アーレントとヘブライズム. . . . . . 千葉 眞 [26-41]
《書評》
公私の混同/二分法/調和 ― 栗原裕次『プラトンの公と私』の公私論概観. . . . . 宮崎 文典 [42-52]
第71号(2016年12月20日発行)
《巻頭言》
知と信 ― 私の遍歴. . . . . . 野本 和幸 [1-12]
《講演記録》
ルカ福音書 ― 「ケーリュグマ的歴史」の書. . . . . . 小河 陽 [13-45]
《論文》
ホメーロスと『平家物語』における戦争の「報道」. . . . . . 山形 直子 [46-60]
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第70号(2015年10月20日発行)
《巻頭言》
西洋古典と聖書における『
《論文》
『イリアス』の戦闘場面における身体表現 ― ガレノスの解剖用語を基にテルシテスとペリクレスの頭の形状を比較する. . . . . . 池田 黎太郎 [10-27]
ウェルギリウス『アエネーイス』に描かれる対等な友好関係とfidesについて. . . . . . 宮坂 真依子 [28-46]
イエスの癒しと神の国の宣教. . . . . . 大島 征二 [47-61]
第69号(2015年1月20日発行)
《巻頭言》
古代にみる男女共同参画の試み. . . . . . 小河 陽 [1-13]
《論文》
イエス誕生の秘話 ― 衝撃の連続. . . . . . 絹川 久子 [14-48]
アウグスティヌスとドナティスト運動 ― 4,5世紀の北アフリカにおける. . . . . . 大島 春子 [49-68]
《書評》
内田次信著『ヘラクレスは繰り返し現れる ― 夢と不安のギリシア神話』(大阪大学出版会、2014年3月)を読む. . . . . . 水島 陽子 [69-82]
第68号(2013年12月20日発行)
《巻頭言》
二種のねたみ. . . . . . 古澤 ゆう子 [1-6]
《論文》
歴史の継承と哲学的跳躍 ― ヘロドトスを学ぶヘーゲルの「世界史哲学講義」エジプト論. . . . . . 栗原 裕次 [7-28]
石臼 ― 聖書と説話学. . . . . . 飯郷 友康 [29-40]
《書評》
納富信留著『プラトン 理想国の現在』(慶應義塾大学出版会、2012年)を読む. . . . . . 高橋 雅人 [41-52]
山田耕太著『フィロンと新約聖書の修辞学』(新教出版社、2012年). . . . . . 吉田 忍 [53-64]
第67号(2012年11月20日発行)
《巻頭言》
紀要『ペディラヴィウム』誌再読 ― 来し方を顧み、行く手を望む. . . . . . 川田 殖 [1-5]
《論文》
『イーリアス』に於ける死と遺骸をめぐる叙述構成 ― サルペードーン、パトロクロス、ヘクトールの死. . . . . . 古澤 香乃 [6-34]
十字架上のイエスの叫びの解釈をめぐって ― 批判への応答. . . . . . 小河 陽 [35-66]
《書評》
廣石望著『信仰と経験 ― イエスと〈神の王国〉の福音』(新教出版社、2011年). . . . . . 大島 征二 [67-85]
第66号(2011年12月20日発行)
《巻頭言》
ソポクレスの悲劇『トラキニアイ』1278行及びマタイ福音書10章29節 ― 東日本大災害への一つの思想的応答として. . . . . . 川島 重成 [1-7]
《研究ノート》
古代ギリシア・ローマ世界の地震. . . . . . 山口 京一郎 [8-31]
《論文》
フィロンにおける哲学. . . . . . 山田 耕太 [32-45]
《書評》
川島重成著『ロマ書講義』(教文館、2010年8月刊). . . . . . 永田 竹司 [46-54]
第65号(2010年12月20日発行)
《巻頭言》
「永遠の相の下に」Sub specie aeternitatis ― 加藤周一と神田盾夫. . . . . . 川島 重成 [1-3]
《論文》
正義と善 ― プラトンの彷徨. . . . . . 山本 建郎 [4-37]
元の文脈を超えて ― 紀元一世紀におけるパウロ書簡の受容史. . . . . . 辻 学 [38-56]
《書評》
内田芳明『ヴエーバー『古代ユダヤ史』の研究』(岩波書店、2008年9月刊)を読む. . . . . . 並木 浩一 [57-82]
第64号(2009年8月31日発行)
《巻頭言》
十字架上のイエスの叫び ― 勝利の叫び、あるいは絶望の叫び?. . . . . . 小河 陽 [1-9]
《論文》
ルネサンス古典理解から. . . . . . 古澤 ゆう子 [10-19]
パウロと律法① 「新たな視点」以前の「パウロと律法」解釈史概観. . . . . . 浅野 淳博 [20-47]
《講演記録》
「行き先を知らずして彼は発てり exiit, nesciens quo iret」 ― アブラハムの影の下で. . . . . . 大島 征二 [48-56]
《書評》
挽地茂男著『マルコ福音書の詩学 ― マルコの物語技法と神学』(キリスト教図書出版社、2007年)を読む. . . . . . 伊藤 寿泰 [57-67]
第63号(2008年12月25日発行)
《巻頭言》
ギリシア悲劇と裁判員制度. . . . . . 平田 松吾 [1-6]
《論文》
ギリシア悲劇におけるコロスへの言及. . . . . . 浜本 裕美 [7-33]
ソポクレース『エーレクトラー』におけるオレステースの帰還. . . . . . 小林 薫 [34-70]
セクシュアリティと結婚 ― マルコによる福音書を中心に. . . . . . 絹川 久子 [71-88]
第62号(2008年3月28日発行)
《巻頭言》
テレンティウスの喜劇が示唆するもの. . . . . . 小河 陽 [1-7]
《論文》
ヘスティアーとヘルメース ― 『ホメーロス讃歌「第29番ヘスティアー讃歌」』についての考察. . . . . . 櫛野 真理 [8-27]
ディダケーにおける聖餐. . . . . . 山田 耕太 [28-51]
《研究ノート》
パウロにおける〈和解〉と〈十字架の逆説〉 ― 青野太潮氏への応答. . . . . . 川島 重成 [52-59]
《講演記録》
ヘルメス神話とトーマス・マン. . . . . . 尾方 一郎 [60-74]
第61号(2007年7月28日発行)
《巻頭言》
ヘレネ、オデュッセウスの善悪を考える. . . . . . 古澤 ゆう子 [1-4]
《論文》
再び『メーデイア』のエクソドスについて. . . . . . 中山 恒夫 [5-19]
愛神に虐げられて ― オウィディウス作『名婦の書簡』第7歌、ディードーのアエネーアース宛て書簡にかんする一考察. . . . . . 日向 太郎 [20-41]
拙書『「十字架の神学」の成立』をめぐって ― 川島重成氏との対話. . . . . . 青野 太潮 [42-67]
《書評》
加藤信朗著『アウグスティヌス『告白録』講義』に学ぶ. . . . . . 川田 殖 [68-80]
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第60号(2006年12月28日発行)
《巻頭言》
精神文化を根源から理解するために. . . . . . 佐野 好則 [1-2]
《論文》
矛盾の書としてのヨハネの福音書. . . . . . 小河 陽 [3-49]
聖書解釈をめぐる若干の考察. . . . . . 戸田 聡 [50-63]
オイディプスはなぜ目を突いたのか? ― ソポクレス『オイディプス王』における第三の真実. . . . . . 平田 松吾 [64-85]
哲学者となること ― 栗原裕次「記憶と対話」への応答. . . . . . 納富 信留 [86-95]
第59号(2006年7月24日発行)
《巻頭言》
カオス的な異郷を喜び旅するために. . . . . . 荒井 直 [1-10]
《論文》
『オデュッセイア』におけるアガメムノーンの帰郷譚. . . . . . 佐野 好則 [11-34]
断想 ― 悲劇と人間 ― 川島重成著『アポロンの光と闇のもとに[ギリシア悲劇『オイディプス王』解釈]』をアリストテレス『形而上学』、『詩学』との関連で読む. . . . . . 加藤 信朗 [35-48]
レヴィナスとギリシャの遺産 ― 幸福 bonheur の概念をめぐって. . . . . . 松丸 和弘 [49-61]
第58号(2005年12月24日発行)
《巻頭言》
英雄と権力. . . . . . 古澤 ゆう子 [1-5]
《論文》
「ピュグマリオーンの話」と「ミュッラの話」 ― オウィディウス『変身物語』における物語の連関. . . . . . 河島 思朗 [6-25]
エウリーピデースの悲劇『メーデイア』再考. . . . . . 川島 重成 [26-36]
《書評》
記憶と対話 ― 納富信留著『哲学者の誕生 ― ソクラテスをめぐる人々』(ちくま新書、2005年)を読む. . . . . . 栗原 裕次 [37-50]
小河陽著『パウロとペテロ』(講談社選書メチエ、2005年)を読む. . . . . . 永田 竹司 [51-59]
第57号(2005年5月30日発行)
《巻頭言》
「今の時を生きる」ことについて. . . . . . 小河 陽 [1-5]
《論文》
歴史としてのマルコ福音書物語 ― 「物語」としてのマルコ福音書理解への予備的考察. . . . . . 吉田 忍 [6-23]
《書評》
古代世界研究の現代的有用性について ― G. E. R. Lloyd, Ancient Worlds, Modern Reflections, Oxford University Press, 2004. . . . . . 和泉 ちえ [24-30]
太田修司氏の論評に答える. . . . . . 大貫 隆 [31-68]
第56号(2004年7月20日発行)
《巻頭言》
エヴァとパンドラ. . . . . . 古澤 ゆう子 [1-5]
《論文》
アナクシメネース『弁論術』の考察 ― 修辞理論における聴衆の問題をめぐって. . . . . . 堀尾 耕一 [6-20]
《書評》
おめでたいイエス? ― 大貫隆著『イエスという経験』(岩波書店、2003年)を読む. . . . . . 太田 修司 [21-44]
『ムーサよ、語れ ― 古代ギリシア文学への招待』を読む ― 川島重成・高田康成 編(三陸書房、2003年). . . . . . 木曽 明子 [45-49]
第55号(2003年9月25日発行)
《巻頭言》
苦難の歴史から. . . . . . 大島 春子 [1-4]
《論文》
ソポクレースと貴族主義. . . . . . 小林 薫 [5-26]
《書評》
市民は下層市民に倣って非市民を肯定せよ(?) ― 平田松吾『エウリピデス悲劇の民衆像 ― アテナイ市民の自他認識』(岩波書店、2002年)を読む. . . . . . 吉武 純夫 [27-54]
第54号(2002年12月26日発行)
《巻頭言》
「現実」の感覚について. . . . . . 小河 陽 [1-3]
《論文》
『オイディプース王』における
ルカ文書は歴史的モノグラフか?. . . . . . 山田 耕太 [23-45]
聖書翻訳に従事して. . . . . . 鈴木 佳秀 [46-57]
第53号(2002年3月20日発行)
《巻頭言》
ホメロスの平和を考える. . . . . . 古澤 ゆう子 [1-3]
《論文》
20世紀のアブラハム ― K・バルトのアブラハム論. . . . . . 大島 征二 [5-14]
アリストテレース『政治学』における「スコレー」 ― 『ニコマコス倫理学』における「スコレー」へ向けての予備的考察. . . . . . 栗原 雅美 [15-36]
《書評》
『ギリシア世界からローマへ ― 転換の諸相』を読んで. . . . . . 島 創平 [37-44]
第52号(2001年7月10日発行)
《巻頭言》
自然と文化のかかわりをめぐって. . . . . . 川島 重成 [1-2]
《論文》
Uコリント1:1-11の書簡論的・修辞学的分析 ― 書簡導入部に置かれた神の賛美の問題. . . . . . 原口 尚彰 [3-16]
《書評》
新たな西洋学に向けて ― 高田康成著『キケロ ― ヨーロッパの知的伝統』(岩波書店、1999年8月)を読む. . . . . . 荒井 直 [17-33]
第51号(2000年8月10日発行)
一つのものと多くのもの ― ルカ福音書10:38-42におけるマリアとマルタ. . . . . . 川島 重成 [1-7]
《書評》
川島重成著『イエスの七つの譬え ― 開かれた地平』. . . . . . 小河 陽 [8-14]
プラトンの〈悪人〉論 ― 『ゴルギアス』篇における「不正な人」の場合. . . . . . 栗原 裕次 [15-28]
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第50号(1999年12月1日発行)
第2コリント書10-13章の書簡理論的・修辞学的分析. . . . . . 山田 耕太 [1-25]
『メーデイア』のデウス・エクス・マーキナー
メーデイアはなぜわが子を殺したか?. . . . . . 丹羽 隆子 [34-55]
第49号(1999年8月1日発行)
ギリシャ演劇上演史 ― 碑文資料研究. . . . . . 池田 黎太郎 [1-15]
「福音宣教と聖霊の働き ― 使10:34-43の修辞学的分析」. . . . . . 原口 尚彰 [16-22]
第48号(1999年3月1日発行)
プラトーンにおける魂の不死と転生. . . . . . 古澤 ゆう子 [1-16]
アキレウスの子ネオプトレモス ― ソポクレース『ピロクテーテース』考. . . . . . 小林 薫 [17-37]
第47号(1998年11月30日発行)
「使信の受け手としてのガラテヤ人」. . . . . . 原口 尚彰 [1-10]
ヘブライズムとヘレニズムの出会い ― ギリシア・ビザンティン紀行. . . . . . 川島 重成 [11-32]
第46号(1997年12月10日発行)
ペトロの神殿説教(使3:12-26)の修辞学的分析. . . . . . 原口 尚彰 [1-13]
続 ツキヂデスは何を書いたか. . . . . . 小西 晴雄 [14-21]
《解説メモ》
新約聖書学方法論についての手引き. . . . . . 編集者(松永 希久夫) [22-24]
第45号(1997年6月30日発行)
プラトーンのイデアとベンヤミンのイデー. . . . . . 古澤 ゆう子 [1-10]
ツキヂデスは何を書いたか. . . . . . 小西 晴雄 [11-22]
プラトン『ピレポス』篇における〈快〉と〈幸福〉 ― 「虚偽の快」を巡る第一議論(36c3-41a4)の研究. . . . . . 栗原 裕次 [23-40]
第44号(1996年12月20日発行)
(連続講義9)ヘレニズム・ローマ時代のユダヤ教文献. . . . . . 秦 剛平 [1-19]
《書評》
丹下和彦著『ギリシア悲劇研究序説』. . . . . . 川島 重成 [20-37]
第43号(1996年7月20日発行)
(連続講義8)ヘレニズム・ローマ時代のユダヤ教文献. . . . . . 秦 剛平 [1-16]
Q福音書仮説をめぐって. . . . . . 松永 希久夫 [17-32]
第42号(1995年12月20日発行)
「ヘブル書における七十人訳の影響史」. . . . . . 原口 尚彰 [1-12]
(連続講義7)ヘレニズム・ローマ時代のユダヤ教文献. . . . . . 秦 剛平 [13-40]
第41号(1995年6月20日発行)
生と死の再生の円環に見るガイアと魔女とアニマ ― 古代、近代、現代の女性的なるもの. . . . . . 古澤 ゆう子 [1-14]
(連続講義6)ヘレニズム・ローマ時代のユダヤ教文献. . . . . . 秦 剛平 [15-40]
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第40号(1994年12月1日発行)
『イーリアス』第6巻おけるリュクールゴス物語とベッレロフォンテース物語 ― 特に神々の人間に対する憎しみのモチーフをめぐって. . . . . . 佐野 好則 [1-16]
(連続講義5)ヘレニズム・ローマ時代のユダヤ教文献. . . . . . 秦 剛平 [17-44]
ペディラヴィウム ― ヘブライズムとヘレニズム研究 ― 第1号〜第40号 総目次. . . . . . [45-50]
第39号(1994年6月20日発行)
『オデュッセイア』におけるペーネロペイア像. . . . . . 川島 重成 [1-18]
パウロ書簡における十字架の躓き. . . . . . 原口 尚彰 [19-29]
(連続講義4)ヘレニズム・ローマ時代のユダヤ教文献. . . . . . 秦 剛平 [30-52]
第38号(1993年12月1日発行)
(連続講義3)ヘレニズム・ローマ時代のユダヤ教文献. . . . . . 秦 剛平 [17-36]
第37号(1993年7月20日発行)
(連続講義2)ヘレニズム・ローマ時代のユダヤ教文献. . . . . . 秦 剛平 [1-16]
《書評座談会》
川島重成著『「イーリアス」英雄叙事詩の世界』をめぐって. . . . . . [17-35]
第36号(1992年12月10日発行)
ヘーラクレースの弓と聖杯. . . . . . 古澤 ゆう子 [1-11]
『パイドン』篇における'αὐτὰ τὰ ἴσα'(74c1)の一解釈 ― プラトン中期イデア論理解のための予備的考察. . . . . . 栗原 裕次 [12-23]
(連続講義1)ヘレニズム・ローマ時代のユダヤ教文献. . . . . . 秦 剛平 [24-64]
第35号(1992年9月30日発行)
続・ギリシャ文字のはじめ ― ホメロスと文学. . . . . . 小西 春雄 [1-13]
ロイドさんの学風によせて ― Demystifying Mentalitiesなど. . . . . . 川田 殖 [14-25]
ヨハネの世界(その二) ― 第四福音書におけるイエスの弟子像. . . . . . 松永 希久夫 [26-52]
第34号(1991年12月10日発行)
イエスの未来とマルコの現在 ― マルコ13章とイエスの受難. . . . . . 挽地 茂男 [1-12]
「見知らぬ神」の跡を辿って. . . . . . 川島 重成 [13-20]
古代オリエントにおける長老(3). . . . . . 永野 茂洋 [21-50]
第33号(1991月6月10日発行)
追放されたカイン. . . . . . 並木 浩一 [1-21]
ギリシァ文字のはじめ. . . . . . 小西 晴雄 [22-28]
古代オリエントにおける長老(2). . . . . . 永野 茂洋 [29-53, 54]
第32号(1990年12月20日発行)
古代オリエントにおける長老. . . . . . 永野 茂洋 [1-17]
カインは追放されたのか. . . . . . 立花 希一 [18-24]
『イーリアス』第9歌のメレアグロス・パラデイグマの成立に関する一考察. . . . . . 佐野 好則 [25-41]
第31号(1990年6月10日発行)
ペディラヴィウム考(9)
『ヘーラクレイダイ』のテクスト校訂上の諸問題. . . . . . 池田 黎太郎 [1-12]
《書評》岡道男著『ホメロスにおける伝統の継承と創造』. . . . . . 川島 重成 [13-21]
悲劇的あやまち ハマルティヤ. . . . . . 古沢 ゆう子 [22-30]
《特別寄稿》ハガルとサガ 衝突する二人の女性. . . . . . 絹川 久子 [31-48]
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第30号(1989年12月10日発行)
ペディラヴィウム考(8)
『ヒッポリュトス』における《教え》と《学び》のモティーフ. . . . . . 川島 重成 [1-10]
《書評》Pinchas Lapide - Ulrich Luz, Der Jude Jesus, Thesen eines Juden / Antworten eines Christen, 175頁, 19802. . . . . . 大島 征二 [11-14]
究極的神の宮としての共同体の建設. . . . . .
第29号(1989年6月30日発行)
ペディラヴィウム考(7)
テミストクレスの政権理念. . . . . . 小西 晴雄 [1-13]
《書評》イエス伝の意義と課題 ― 松永希久夫『歴史の中のイエス像』によせて. . . . . . 川田 殖 [14-25]
川田殖氏の書評に答えて. . . . . . 松永 希久夫 [26-28]
第28号(1988年12月1日発行)
ペディラヴィウム考(6)
「雅量」の人・キモン ― そのエートスのアテナイ民主政における位置. . . . . . 桜井 万里子 [1-11]
《書評》J・ニューズナー著、長窪専三訳『パリサイ派とは何か 政治から敬虔へ』(新教出版社、1988年)/ヨーゼフ・ブリンツラー著、大貫隆・善野碩之助『イエスの裁判』(新教出版社、1988年). . . . . . 松永 希久夫 [12-17]
イグナティオス書簡における“ユダヤ”教とキリスト教 ― 論敵の問題について. . . . . . 山田 耕太 [18-32]
第27号(1988年6月1日発行)
ペディラヴィウム考(5)
エウリピデス『メデイア』における文芸論. . . . . . 川島 重成 [1-13]
《書評》新しい聖書概説シリーズ ― THE OXFORD BIBLE SERIES. . . . . . 川田 殖 [14-18]
マルコ福音書における弟子の無理解の
「歴史の中のイエス像」覚書. . . . . . 松永 希久夫 [34-36]
第26号(1987年11月15日発行)
「テーバイに向う七将」と「フェニキアの女たち」の対比 ― 前書きとプロローグの比較. . . . . . 池田 黎太郎 [1-16]
アイスキュロスにおける
第25号(1987年5月30日発行)
対話と規範. . . . . . 三嶋 輝夫 [1-17, 裏表紙]
王女と農夫 ― エウリピデス『エレクトラ』におけるエレクトラ像. . . . . . 平田 松吾 [18-32]
第24号(1986年10月10日発行)
「最初期キリスト教における信仰告白へのプロセス」. . . . . . 青野 太潮 [1-17]
生と死をめぐる民の歪んだ神理解――ホセア書6章1節-6節における「三日目の甦り」について. . . . . . 鈴木 佳秀 [19-31]
第23号(1986年5月10日発行)
アウグスティヌスの「ミラノ体験」とは何か. . . . . . 岡野 昌雄 [1-11]
1世紀のアブラハム ― フィロン、パウロ、ヨセフスのアブラハム論. . . . . . 大島 征二 [13-21]
Tyche, Hybris and Jocasta: the Second Stasimon of the Oedipus Tyrannus. . . . . . Shigenari Kawashima [28-23]
第22号(1985年12月25日発行)
ホメロスの英雄たちは神々の操り人形か. . . . . . 古沢 ゆう子 [1-17]
プラトンの初期対話篇とアリストパネスの『雲』におけるソクラテス像をめぐって. . . . . . 松林 直 [18-33]
第21号(1985年7月30日発行)
大貫 隆著『世の光イエス』への/からのコメント. . . . . . 並木 浩一 [1-14]
オリゲネス『ケルソス駁論』における復活論の問題 ― ギリシア思想との対比において. . . . . . 出村 みや子 [15-28]
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第20号(1985年3月31日発行)
パイドラの人間観とその軌跡 ― 『ヒッポリュトス』388-390. . . . . . 川島 重成 [1-9]
ヨブ記――表現の特質とその社会的背景. . . . . . 永野 茂洋 [10-29]
第19号(1984年3月31日発行)
《講演》ロゴスの時代 ― ピュタゴラスの世界と現代. . . . . . 絹川 正吉 [1-17]
フィロン研究の動向と課題 ― 資料と文献の紹介をかねて. . . . . . 川田 殖 [18-29]
第18号(1983年12月25日発行)
古代世界におけるモーセ像とヨセフス. . . . . . 秦 剛平 [1-17]
《書評座談会》『ギリシャ悲劇の人間理解』をめぐって. . . . . . 川島 重成・川田 殖・古沢 ゆう子・安村 典子・岡野 昌雄 [18-36]
第17号(1983年9月20日発行)
神事と老齢および財産 ― プラトン『国家』第一巻331dまで. . . . . . 小川 隆雄 [1-14, 25, 裏表紙]
個・種と場(二) ― プラトン・アリストテレスの〈世界記述〉方式をめぐって. . . . . . 野本 和幸 [15-24]
《文献紹介》H. J. Blumenthal and R. A. Markus (ed.): Neoplatnism and Early Christian Thought. Essays in honour of A. H. Armstrong. x+256 pages. Variorum Publications Ltd., London, 1981. . . . . . 岡野 昌雄 [24]
第16号(1983年3月10日発行)
個・種と場(一) ― プラトン・アリストテレスの〈世界記述〉方式をめぐって. . . . . . 野本 和幸 [1-8]
《書評》テオクリトスにおける「牧歌」概念と主題
― Bernd Effe: Die Genese einer literarischen Gattung: Die Bukolik, Konstanz, 1977. (Konstanzer Universitätsreden 95).
― Bernd Effe: "Die Destruktion der Tradition: Theokrits mythologische Gedichte," Rheinisches Museum für Philologie 121, 1978, S.48-77. . . . . . 古沢 ゆう子 [9-16]
第15号(1982年12月1日発行)
聖書的勇気について. . . . . . 小河 陽 [1-8]
アレキサンドリアA.D.38年の大虐殺 ― フィロンの『フラックス論』を中心としてみたる. . . . . . 小川 隆雄 [9-20]
第14号(1982年9月1日発行)
G・E・R・ロイド博士の紹介. . . . . . 川田 殖 [i]
The Debt of Greek Philosophy and Science to the Ancient Near East (1981年度日本西洋古典学会記念講演). . . . . . G・E・R・ロイド [1-19]
第13号(1982年7月20日発行)
ソクラテスにおける
《書評》ヨセフスの面白さ ― 秦剛平訳『ユダヤ古代史』XII-XX(新約時代篇)を読む. . . . . . 川田 殖 [10-13]
《紹介》Jewish and Christian Self-Definition. . . . . . 松永 希久夫 [14-17]
第12号(1982年3月10日発行)
心に喜びを与えるもの ― 古代ギリシャ詩人とドイツ近代詩人の自然描写における比較. . . . . . 古澤 ゆう子 [1-8]
アレクサンドリアのフィロンにおける聖書と哲学 ― 試論的スケッチ(二). . . . . . 川田 殖 [9-19]
第11号(1981年12月30日発行)
アレクサンドリアのフィロンにおける聖書と哲学 ― 試論的スケッチ(一). . . . . . 川田 殖 [1-15]
《書評》Chadwick, J.: The Mycenaean World, pp. xvii+196, Cambiridge U. P., 1976. . . . . . 安村 典子 [16-19]
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第10号(1981年9月30日発行)
旧約聖書における弁論(四). . . . . . 並木 浩一 [1-8]
サモスの香り. . . . . . 小西 晴雄 [9-15]
第9号(1981年6月30日発行)
《講演》「古代ユダヤ教」におけるヴェーバーの課題(二). . . . . . 大塚 久雄 [1-7]
旧約聖書における弁論(三). . . . . . 並木 浩一 [8-14]
《書評》Sandmel, S.: Philo of Alexandria, An Introduction, pp. xii+204, New York, Oxford U. P., 1979. . . . . . 川田 殖 [15-17]
第8号(1981年3月31日発行)
ペディラヴィウム考(4)
《講演》「古代ユダヤ教」におけるヴェーバーの課題(一). . . . . . 大塚 久雄 [1-6]
旧約聖書における弁論(二). . . . . . 並木 浩一 [7-13]
《書評》Hengel, Martin; Juden, Griechen und Barbaren. Aspekte der Hellenisierung des Judentums in vorchristlicher Zeit. Stuttgarter Bibelstudien 76. KBW Verlag Stuttgart, 1976. SS.187. . . . . . 大島 征二 [14-17]
第7号(1980年12月20日発行)
ペディラヴィウム考(3)
旧約聖書における弁論(一). . . . . . 並木 浩一 [1-12]
《書評》Horstmann, Axel E. A.; Ironie und Humor bei Theokrit, pp. 177, Meisenheim am Glan, 1976. . . . . . 古沢 ゆう子 [13-17]
第6号(1980年9月10日発行)
存在の“悲劇” ― パルメニデス断片8のimagery. . . . . . 山内 隆 [i, 1-9]
ルカのパウロ像について. . . . . . 大島 征二 [10-15]
第5号(1980年6月20日発行)
ペディラヴィウム考(2)
トゥーキュディデースの功罪. . . . . . 小西 晴雄 [1-10]
《書評》
Kirk, G. S.; The Nature of Greek Myths, pp. 332, Harmondsworth, Pennguin Books, 1974. . . . . . 山内 隆 [11-13]
Festugiere, A-J.; Personal Religion among the Greeks, pp. x+186, University of California Press, 1954. . . . . . 吉田 昌市 [14-17]
第4号(1980年3月15日発行)
ペディラヴィウム考
前期ペリパトス派 ― ヘレニズム・ローマ思想、資料と文献(2). . . . . . 川田 殖 [1-8]
《書評》Goodenough, E. R.; An Introduction to Philo Judaeus, pp. xi+167, Oxford, Basil Blackwell, 1962. . . . . . 小川 隆雄 [9-12]
「サモスのヘルメース像」考察. . . . . . 池田 黎太郎 [13-17]
第3号(1979年12月10日発行)
血の家系
《講演》時は満ちた(マルコ福音書1:14) ― ソポクレースは『オイディプース王』発表後20年経ってなぜ『コローノスのオイディプース』を書いたか. . . . . . 神田 盾夫 [1-6]
《書評》C・M・バウラ『ギリシア人の経験』水野一・土屋賢二共訳、みすず書房、1978年、pp. x+324+v. . . . . . 川島 重成 [7-9]
アテナイ帝国主義と悲劇『ペルサイ』. . . . . . 小西 晴雄 [10-17]
第2号(1979年10月20日発行)
ペリクスの不安
初期アカデメイア ― ヘレニズム・ローマ思想、資料と文献(1). . . . . . 川田 殖 [1-5]
《書評》
Hunter R. Rawlings III: A Semantic Study of PROPHASIS to 400 B. C. Hermes, Einzelschriften 33. (Franz Steiner Verlag, Wiesbaden: 1975) pp. viii+113. . . . . . 池田 黎太郎 [6-8]
Wilkinson, John: Jerusalem as Jesus Knew It; Archaeology as Evidence, (London: Thames and Hudson Ltd.) 1978. . . . . . 中村 克孝 [5, 8-10]
ヘブライズムとヘレニズム ― 新約聖書研究との関わりにおいて(2). . . . . . 松永 希久夫 [11-17]
創刊号(1979年7月20日発行)
《創刊の辞》
ヘブライズムとヘレニズム ― 新約聖書研究との関わりにおいて(1). . . . . . 松永 希久夫 [1-4, 10]
《書評》
West, M. L.: Early Greek Philosophy and the Orient. pp. xv+256, Oxford, at the Clarendon Press. 1971. . . . . . 川田 殖 [5-8]
Armstrong, A. H. (ed.): The Cambridge History of Later Greek and Early Medieval Philosophy, London, Cambridge University Press, 1967. pp. xvi+716. . . . . . 岡野 昌雄 [8-10]
終りへの期待と不安 ― 『アガメムノン』における
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posted by ペディラヴィウム会 at 21:43| 刊行物
2015年10月30日
講演会記録
[最終更新:2024年8月30日]
ペディラヴィウム会開催 講演会記録(2013年以降)
【2024年】・【2023年】・【2022年】・【2021年】・【2020年】・【2019年】・【2018年】・【2017年】・【2016年】・【2015年】・【2014年】・【2013年】
(無印はペディラヴィウム青葉台にて開催(2023年以降の無印は青葉台での開催とZoomによるオンライン配信の併用)。*印はペディラヴィウム御殿場にて開催。**印はZoomによるオンライン開催(青葉台等の会場での参加可の会も含む)。)
| 1月27日 | 魯 恩碩 「旧約聖書と環境倫理 ― ヘーゲルの『宗教哲学講義』が聖書学に与えた影響を中心に」 |
| 3月1日 | 川本 隆史 「ケアと正義をむすびつけること ― 学びの歩みを振り返りつつ」 |
| 4月20日 | 小高 学 「北海道の片隅より」** |
| 6月22日 | 亀浦 香蓮奈 「ジョナサン・エドワーズにおける流出論」 |
| 黎 康遙 「ヘーゲルの『精神現象学』における抽象的絶対者と自己意識」(「神田盾夫・ペディラヴィウム会人文科学学術奨励賞」受賞報告) | |
| 7月13日 | 根本 敬 「忘れて許すのか、許すけれど忘れないのか ― 日本占領期(1942-45年)を経験したビルマの人々の記憶」* |
| 〈ディスカッション〉小河 陽(司会) 「ペディラヴィウム会とICU ― その歴史と展望」* | |
| 7月14日 | 佐野 好則 「ヘシオドス叙事詩における大地の描写から学ぶ」* |
| 1月21日 | 〈録画共有〉小河 陽・大島 征二(聞き手)、川田 殖 「川田殖さんに聞く」** |
| 2月18日 | 西岡 千尋 「ソクラテスのあとを追うこと ― 私にとっての「ヘレニズムとヘブライズム」の出会い」 |
| 3月18日 | 〈座談会〉小河 陽(司会)、佐藤 二葉・佐野 好則・茅野 友子・平田 松吾・山口 京一郎 「ペディラヴィウム会の現在と未来」 |
| 4月15日 | 松丸 和弘 「困難な倫理(エートス) ― レヴィナス思想を読解することの難しさについての試論」 |
| 6月17日 | 鈴木 湧大 「意味はどこから生まれるのか」(「神田盾夫・ペディラヴィウム会人文科学学術奨励賞」受賞報告) |
| 7月22日 | 小河 陽 「ヨーロッパで私が出会ったキリスト教」* |
| 中村 一郎 「イスラエルで暮らして ― "Jesus was a good man, but not God" さあ、どうするichiro」* | |
| 7月23日 | 高橋 一 「仏教国カンボジアで起こった「民族虐殺(キリング・フィールド)」の傷痕 ― 民族の和解と修復に宗教は何ができるのか」* |
| 9月16日 | 吉田 昌 「心と身体(からだ) ― プラトンや聖書を読んで考えたこと」 |
| 10月28日 | 桜井 万里子 「ペロポネソス戦争後のアリストファネス」(国際基督教大学キリスト教と文化研究所共催公開講演会、於 国際基督教大学ダイアログハウス) |
| 11月18日 | 伊東 辰彦 「オラトリオ『天地創造(Die Schöpfung / The Creation)』でハイドンが目指したもの ― ハイドンの偉大さを改めて考える」 |
| 1月22日 | 菅谷 基 「熱狂の復権 ― ヘンリー・モアから第三代シャフツベリ伯爵まで」** |
| 2月19日 | 平子 友長 「マルクスの歴史観の変遷 ― 後期マルクスの「発見」」** |
| 4月15日 | 大島 征二 「マルコ福音書を学ぶにあたって」** |
| 5月28日 | 増子 美穂 「グランドツアーとギリシャ考古学 ― 『アテネの古代遺物』と18世紀英国のギリシャ趣味」** |
| 7月9日 | 渡辺 勝夫 「納涼:文芸放談 ― 作家の人生」** |
| 9月17日 | 長野 一宇 「海外ビジネス悲喜こもごも」** |
| 10月15日 | 大島 春子 「今日の大学での英語教育 ― Writingクラスを一例として」** |
| 11月19日 | 栗原 裕次 「大学での哲学教育のいま ― コロナ禍での授業実践の紹介」** |
| 3月13日 | 荒井 直 「それぞれのイタリア体験 ― ギッシングやゲーテたちの紀行文などにみる」** |
| 4月17日 | 〈合評会〉 「ペディラヴィウム会『紀要』講演記録「パウロの死生観・復活観」をめぐって」(発題者:高橋 一)** |
| 5月15日 | 妹尾 優暉 「『イリアス』における神々の干渉」(「神田盾夫・ペディラヴィウム会人文科学学術奨励賞」受賞報告)** |
| 6月19日 | 大島 征二 「ゲーテによるゲーテ ― 『詩と真実』と『ゲーテとの対話』から」** |
| 9月18日 | 筒井 弥生 「民主主義の基盤としてのアーカイブズ ― 古代ギリシアに学ぶ」** |
| 10月16日 | 笹原 克彦 「高校生がわからない ― 初老の高校教師VS最近の高校生」** |
| 11月20日 | 川津 茂生 「転調の季節 ― 人生のmiscellaneousな出来事から自分なりの考え方 が生まれてくるまでのこと、特に、多くの方々との出会いによって学んだことな どの話」** |
| 1月18日 | 川島 重成 「パウロの死生観・復活観」 |
| 2月15日 | 渡邉 万里子 「シンガポールとトルコにおける書籍と紙作品の保存修復」 |
| 10月2日 | 平田 松吾 「古代ギリシアの感染症」** |
| 1月19日 | 内坂 翼 「ジョン・ロックの思想」 |
| 2月16日 | 水島 陽子 「ある神父の死 ― 戦争とカトリック」 |
| 4月13日 | 茅野 哲郎 「“明日の大学” ― ICUの原点と今後の課題」 |
| 6月15日 | 荒井 直 「パウロの旅と手紙 ― 私のパウロ勉学事始」 |
| 7月20日 | 平野 佑 「テクノロジーとキャリア選択 ― 人材のマッチングにおける可能性と危うさ」* |
| 小河 陽 「AI時代におけるリベラルアーツ教育の意義 ― 伝統の継承と創造性」* | |
| 7月21日 | 平田 松吾 「ことばのすれ違い ― AIにできないこと」* |
| 10月26日 | 金澤 正剛 「ルターと音楽」(国際基督教大学キリスト教と文化研究所共催公開講演会、於 国際基督教大学ダイアログハウス) |
| 11月30日 | 松田 浩道 「憲法9条とキリスト教」 |
| 1月20日 | 佐藤 二葉 「リュラ演奏によるギリシアの古代と現代の音楽のパフォーマンス」 |
| 4月14日 | 栗山 昌子 「神田先生との出会い」 |
| 5月12日 | 中村 一郎 「ICU高校で教えられたこと」 |
| 6月16日 | 平子 友長 「現代中国生活事情 ― 北京滞在経験」 |
| 7月21日 | 菅谷 基 「近世英国思想の裏通りを行く ― カッシーラ『英国のプラトン・ルネサンス』を中心に」* |
| 下館 和巳 「シェイクスピアの海 ― ことばとのめぐりあい」* | |
| 7月22日 | 安村 典子 「イギリスの特異な大学入試制度 ― わたしたちはそこから何かを学ぶことができるだろうか」* |
| 10月27日 | 田中 敦 「哲学の課題或いは責務を、それを主題として究明することなく、誤解の余地ない仕方で示している探求者 ― ハイデッガーの弁明、ハイデッガー自身による」(国際基督教大学キリスト教と文化研究所共催公開講演会、於 国際基督教大学ダイアログハウス) |
| 11月10日 | 浜本 裕美 「ヴィクトリア朝英国におけるホメロス問題」 |
| 1月21日 | 中井 章子 「人間のメタモルフォーゼ ― ゲーテ時代から」 |
| 2月18日 | 森泉 赤美 「行く先を知らずして ― ICUを発たれたおふたり」 |
| 5月13日 | 土屋 宗一 「江戸と富士山 ― 富士講とその思想」 |
| 6月24日 | 千葉 眞 「ハンナ・アーレントとヘブライズム」 |
| 7月22日 | 加藤 千恵子 「御殿場における神田先生と加藤家の交流について」* |
| 横田 耕一 「日本国憲法の理念と現実 第一部:日本国憲法の原点と『現点』」* | |
| 7月23日 | 横田 耕一 「日本国憲法の理念と現実 第二部:國體=『天皇教』の現存?」* |
| 10月8日 | 並木 浩一 「ヨブ記のダブル・ヴィジョン」(国際基督教大学キリスト教と文化研究所共催公開講演会、於 国際基督教大学本部棟) |
| 11月11日 | 大島 征二 「人間、その原像と実像 ― ルターの提題『人間について』を読む」 |
| 12月16日 | 中村 一路、佐藤 友里 「能楽にまつわるエトセトラ」 |
| 1月16日 | 美添 真樹 「ガリレオ以前 ― 自然観と神学の間」 |
| 2月27日 | 安積 力也 「何が人を「私」にするのか ― 今、この国の大人に問われていること」 |
| 5月21日 | 山形 直子 「ホメーロスと『平家物語』における戦争の「報道」」 |
| 6月11日 | 相原 勝 「ツェランとイエス」 |
| 7月15日 | 山畑 譲 「神への畏れ、自然への恐れ」* |
| 7月16日 | 川津 茂生 「福音書を学ぶ方法について」* |
| 長野 宇規 「農業に危機は訪れているのか?」(於 YMCA東山荘) | |
| 風間 晴子 「植物のいのちの営みに魅せられて」(於 YMCA東山荘) | |
| 7月17日 | 岩間 徹 「自然環境と法 ― 湿地と人間をめぐる問題の解決に向けて:国際法の観点から」* |
| 10月8日 | 茅野 友子 「シェイクスピアの時と我々の時 ― 『マクベス』を中心に」(国際基督教大学キリスト教と文化研究所共催公開講演会、於 国際基督教大学ダイアログハウス) |
| 11月5日 | 鈴木 佳秀 「出エジプト記における十の災い」 |
| 1月17日 | 笹本 道夫 「暦の話 ― 人生の四季 ― これからの世界」 |
| 2月21日 | 〈懇談会〉岩間 素世子 「神田先生のこと」 |
| 4月18日 | 岡ア 公子 「「ペディラヴィウム御殿場」 ― 過去と未来」* |
| 5月16日 | 佐藤 達夫 「経営はコミュニケーション、世界どこでも」 |
| 6月20日 | 古澤 ゆう子 「ゲーテ『ファウスト』における神・悪魔・女性的なるもの」 |
| 7月10日 | 川島 重成 「ヘブライズムとヘレニズム ― 〈歓待〉と〈〈自己〉発見〉のモティーフをめぐって」* |
| 7月11日 | 水島 陽子、村山 百合 「カール・バルト『イスカリオテのユダ』をめぐって」* |
| 安村 典子 「ギリシア・ローマ神話の変身物語」* | |
| 中村 勝 「能における変身 ― 漱石『草枕』と「道成寺」」* | |
| 7月12日 | 小野 耕世 「プラスチックマンの変身そのほか」* |
| 10月10日 | 野本 和幸 「数(かぞ)えること、親子関係、言葉の諸相(意味・発話の力・色彩・脈絡依存) ― フレーゲとその前後」(国際基督教大学キリスト教と文化研究所・ICU哲学研究会共催公開講演会、於 国際基督教大学ダイアログハウス) |
| 10月14日 | 茅野 友子 「シェイクスピア『リア王』に見る老いと親子の問題」* |
| 10月31日 | 佐藤 二葉 「儀礼と神話 ― 歌・祈り・迷宮」 |
| 12月19日 | 小岩 信治 「ピアノ協奏曲の誕生 ― 作曲-演奏-聴取の近代」 |
| 1月18日 | 村山 百合 「私のアメリカ体験」 |
| 2月22日 | 山口 京一郎 「葡萄酒は割って飲む ― 古代ギリシア・ローマの酒宴と居酒屋」 |
| 4月19日 | 金澤 正剛、楠川 寛子 「御殿場今昔、思い出すこと」* |
| 神長 悦子とFestina Lenteのメンバーによるレコーダー演奏* | |
| 5月10日 | 小河 陽 「ルカ福音書を巡る諸問題 ― 「ケーリュグマ的歴史」の書」 |
| 6月28日 | 小菅 奎申 「ケルト文化の魅力」 |
| 7月19日 | 並木 浩一 「旧約聖書と人間 ― 超越者のもとでの人間の成熟と批評性」(コメンテーター:奥泉光、荒井直)* |
| 7月20日 | 奥泉 光 「文学と人間 ― 夏目漱石『こころ』をめぐって」(コメンテーター:平田 松吾、渡辺 勝夫)* |
| 10月4日 | 川島 重成 「戦さは男の仕事? ― 『イリアス』第6巻におけるヘクトル像再考」(国際基督教大学キリスト教と文化研究所共催公開講演会、於 国際基督教大学ダイアログハウス) |
| 11月15日 | 鈴木 孝子 「新井白石『鬼神論』からの問題提起 ― 死生観・民俗学・国家神道」 |
| 12月13日 | 茅野 友子 「バッハのオルガン曲について ― CD解説」 |
| 1月19日 | 〈DVD鑑賞会〉 「加藤 周一『しかしそれだけではない ― 加藤周一幽霊と語る』」 |
| 2月23日 | 河島 思朗 「オウィディウス『変身物語』における嘆き ― 震災後のいわき市と紀元前後のローマを考えながら」 |
| 4月13日 | 田中 敦 「森有正の存在(生涯)が証ししている事柄〈森有正とデカルトとヘーゲルを貫いて見えてくる課題〉」 |
| 5月18日 | 村山 宏治 「癒しの空間を求めて ― 高齢化に怯える現代中国」 |
| 6月22日 | 大島 征二 「神の国と癒し ― 共観福音書のイエスと癒し」 |
| 7月19日 | 佐野 好則 「ポンテオ・ピラトのもとに ― ヨハネ福音書における異邦人」(於 清泉寮) |
| 7月20日 | 川島 重成 「共観福音書とロマ書におけるユダヤ人とギリシャ人 ― イエスからパウロへ」(於 清泉寮) |
| 荒井 直 「エウリピデス『バッカイ』における異邦からの神 ディオニュソス」(於 清泉寮) | |
| 7月21日 | 茅野 徹カ 「多民族社会におけるビジネスを通して」(於 清泉寮) |
| 佐藤 由紀子 「日本語教育の現場から」(於 清泉寮) | |
| 10月19日 | 田中 邦夫 「「感じる」ことの根源性について」 |
| 11月30日 | 大島 春子 「アウグスティヌスとドナティスト運動 ― 4,5世紀の北アフリカの教会対立をめぐって」 |
| 12月14日 | 絹川 久子 「イエス誕生の秘話 ― 衝撃の連続」 |
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2013年06月29日
ペディラヴィウム会へのアクセス
[最終更新:2024年8月31日]
ペディラヴィウム青葉台(会事務局)
〒153-0042
東京都目黒区青葉台3-3-4
【最寄駅】
京王井の頭線「神泉駅」徒歩10分
「渋谷駅」徒歩17分
【バス】
停留所「大坂上」徒歩3分
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2013年03月26日
刊行物
[最終更新:2024年8月30日]
1) 親睦誌『ペディラヴィウム会通信』
会員同士の交流を深めることを第一義としながらも、ひろい情報交換を目指しています。
(2024年4月現在46号)
2) 紀要『ペディラヴィウム ヘブライズムとヘレニズム研究』
古代ギリシア・ローマに関する西洋古典学、旧約聖書研究と新約聖書学を中心とするヘブライズム研究の両分野を視野に置く研究論文誌。
(2023年12月現在78号)(既刊総目次)
3) 『西洋精神の源流と展開』(1975年)
神田盾夫博士喜寿祝賀論文集 会員が中心となって神田先生に献呈
4) 『聖書と英文学をめぐって』(1982年)
神田盾夫博士傘寿記念論文集 3)と同じく祝賀論文集
5) 『神田盾夫・多恵子―記念文集』(1987年)
神田先生ご夫妻の追悼文集
6) 『古代ギリシアの女性像―女神から娼婦まで』(1994年、ペディラヴィウム会)
連続講演会の講演と質疑応答と討論を録音編集して刊行したものです。
〈目次〉
古代ギリシアの女性像(茅野友子)
エウリピデスのメデイア像(川島重成)
ミュケーナイ時代の大地母神(安村典子)
エロースの位相(古澤ゆう子)
アリストパネスの女性たち(荒井直)
アテ−ナイの娼婦(平田松吾)
古代ギリシアの女性像(茅野友子)
エウリピデスのメデイア像(川島重成)
ミュケーナイ時代の大地母神(安村典子)
エロースの位相(古澤ゆう子)
アリストパネスの女性たち(荒井直)
アテ−ナイの娼婦(平田松吾)
7) 『パストラル 牧歌の源流と展開』(2013年、ピナケス出版)
〈目次〉
パストラルの概観(古澤ゆう子)
テオクリトスの『牧歌』とその先駆者たち(安村典子)
牧歌の始祖テオクリトスの『収穫祭』(古澤ゆう子)
旧約聖書におけるパストラル(並木浩一)
ウェルギリウス『牧歌』に描かれる牧歌世界の危機(河島思朗)
ウェルギリウス『牧歌』第4歌における黄金時代
―イザヤ書のメシア預言との類似性をめぐって―(川島重成)
英文学におけるパストラル思想
―シェイクスピア『お気に召すまま』を中心に―(茅野友子)
ミルトン『リシダス』『ダモン葬送詩』におけるパストラルの伝統(佐野好則)
音楽におけるパストラル(金澤正剛)
アルカディアと御殿場―あとがきにかえて―(茅野友子)
パストラルの概観(古澤ゆう子)
テオクリトスの『牧歌』とその先駆者たち(安村典子)
牧歌の始祖テオクリトスの『収穫祭』(古澤ゆう子)
旧約聖書におけるパストラル(並木浩一)
ウェルギリウス『牧歌』に描かれる牧歌世界の危機(河島思朗)
ウェルギリウス『牧歌』第4歌における黄金時代
―イザヤ書のメシア預言との類似性をめぐって―(川島重成)
英文学におけるパストラル思想
―シェイクスピア『お気に召すまま』を中心に―(茅野友子)
ミルトン『リシダス』『ダモン葬送詩』におけるパストラルの伝統(佐野好則)
音楽におけるパストラル(金澤正剛)
アルカディアと御殿場―あとがきにかえて―(茅野友子)
8) 『ホメロス『イリアス』への招待』(2019年、ピナケス出版)
〈目次〉
第一部
第一章 歴史的背景(安村典子)
第二章 ホメロス問題―口誦叙事詩と新分析論を中心に―(佐野好則)
第三章 神々の介入と人間の自立(古澤ゆう子)
第二部
第四章 アキレウスの怒り(古澤ゆう子)
第五章 戦闘場面―叙述パターンと物語構成―(古澤香乃)
第六章 ホメロスの英雄像―アキレウスとヘクトル、サルペドン、パトロクロス―(山形直子)
第七章 アキレウスとヘクトルの一騎打ち―比喩表現と視点の多様性―(浜本裕美)
第三部
第八章 ヘクトルと女性的なるもの―パリス、ヘレネ、アンドロマケ―(川島重成)
第九章 グラウコスとディオメデス―死生観の論争[アゴーン]―(川島重成)
第十章 アイネイアス―生き残る運命―(河島思朗)
第十一章 オデュッセウス―知恵[メーティス]の英雄―(小林薫)
第十二章 ネストル―思慮[ブーレー]の老将―(石川榮治)
第十三章 アガメムノンの夢[オネイロス]とテルシテスの「勇気」(池田黎太郎)
第四部
第十四章 嘆願―無力な者の願い―(平田松吾)
第十五章 アキレウスの楯(水島陽子)
第十六章 テベの王エエティオンとアキレウス(安村典子)
第十七章 パラデイグマ(例話)(佐野好則)
第十八章 『イリアス』における非英雄的なるもの―食べる・眠る・生きる―(荒井直)
おわりに(古澤ゆう子)
後記(小林薫)
第一部
第一章 歴史的背景(安村典子)
第二章 ホメロス問題―口誦叙事詩と新分析論を中心に―(佐野好則)
第三章 神々の介入と人間の自立(古澤ゆう子)
第二部
第四章 アキレウスの怒り(古澤ゆう子)
第五章 戦闘場面―叙述パターンと物語構成―(古澤香乃)
第六章 ホメロスの英雄像―アキレウスとヘクトル、サルペドン、パトロクロス―(山形直子)
第七章 アキレウスとヘクトルの一騎打ち―比喩表現と視点の多様性―(浜本裕美)
第三部
第八章 ヘクトルと女性的なるもの―パリス、ヘレネ、アンドロマケ―(川島重成)
第九章 グラウコスとディオメデス―死生観の論争[アゴーン]―(川島重成)
第十章 アイネイアス―生き残る運命―(河島思朗)
第十一章 オデュッセウス―知恵[メーティス]の英雄―(小林薫)
第十二章 ネストル―思慮[ブーレー]の老将―(石川榮治)
第十三章 アガメムノンの夢[オネイロス]とテルシテスの「勇気」(池田黎太郎)
第四部
第十四章 嘆願―無力な者の願い―(平田松吾)
第十五章 アキレウスの楯(水島陽子)
第十六章 テベの王エエティオンとアキレウス(安村典子)
第十七章 パラデイグマ(例話)(佐野好則)
第十八章 『イリアス』における非英雄的なるもの―食べる・眠る・生きる―(荒井直)
おわりに(古澤ゆう子)
後記(小林薫)
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ペディラヴィウム会
[最終更新:2015年10月24日]
ペディラヴィウム(Pedilavium)はラテン語起源の「足を洗うこと」です。
新約聖書のイエスが弟子たちの足を洗った記事から、師弟や長幼の上下にかかわらず足を洗い合うという会の性格を表すものです。
(ヨハネ福音書13章14節)
会の沿革:
1971年から準備され、1972年6月に発足しました。
国際基督教大学(ICU)の神田盾夫教授(1897.6.30〜1986.7.19)と多恵夫人(1902.1.09〜1982.9.29)を中心に教え子が集まりました。
そこで、当初は、ICU同窓生が多かったのですが、いまでは多方面に開かれた会となっています。
神田先生ご夫妻から贈与された目黒区青葉台の土地に建物を建て一階に事務所をおき、株式会社ペディラヴィウムが管理運営しています。
2010年には、一般社団法人ペディラヴィウム会を設立し、再出発しました。
ペディラヴィウム御殿場:
1919年、神田多恵子夫人の祖母、廣岡浅子さん(1849~1919年)が、女子教育の拠点のひとつとしていた御殿場新橋の土地を、神田盾夫先生に遺贈。
廣岡浅子さんは明治時代の女性実業家として活躍、また日本女子大学設立に尽力、当地では女性解放のための研修会を開催、市川房枝や村岡花子らが参加していました。廣岡浅子さんの生涯は古川智映子の小説『土佐堀川』で紹介されています。また2015年度下半期のNHKの連続テレビ小説『あさが来た』の主人公のモデルです。
第二次世界大戦中、神田先生夫妻は御殿場に疎開、東京帝国大学の講義にここから通勤。戦後、国際基督教大学構内に転居後も、夏季休暇は御殿場で過ごされ、学生や卒業生のための勉強会と集会開催。
国際基督教大学定年退職後、敷地内に新居建築。ペディラヴィウム会創設前後の集まりの多くも、御殿場で開かれました。
1982年、神田盾夫先生から、ペディラヴィウム会員80名に、土地建物寄贈。
1986年神田先生逝去。以後、ペディラヴィウム会が管理。懇談会・研修合宿など開催。
2013年、土地を売却し、跡地に建設された、マンション(ウィステリア御殿場アクシス)の106号室と107号室を取得。107号室に旧神田邸の家具・食器・絵画等を収納。
廣岡浅子名義の土地が残る敷地の一部に、メモリアルガーデン造営。
青葉台と並んで、この施設でも懇談会・研修会・講演会・演奏会等を開催。
タグ:はじめに
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