2013年03月26日

ペディラヴィウム会

ペディラヴィウム(Pedilavium)はラテン語起源の「足を洗うこと」です。
新約聖書のイエスが弟子たちの足を洗った記事から、師弟や長幼の上下にかかわらず足を洗い合うという会の性格を表すものです。
(ヨハネ福音書13章14節)

会の沿革
1971年から準備され、1972年6月に発足しました。
国際基督教大学(ICU)の神田盾夫教授(1897.6.30〜1986.7.19)と多恵夫人(1902.1.09〜1982.9.29)を中心に教え子が集まりました。
そこで、当初は、ICU同窓生が多かったのですが、いまでは多方面に開かれた会となっています。

神田先生ご夫妻から贈与された目黒区青葉台の土地に建物を建て一階に事務所をおき、株式会社ペディラヴィウムが管理運営しています。
2010年には、一般社団法人ペディラヴィウム会を設立し、再出発しました。

ペディラヴィウム御殿場
1919年、神田多恵子夫人の祖母、廣岡浅子さん(1849~1919年)が、女子教育の拠点のひとつとしていた御殿場新橋の土地を、神田盾夫先生に遺贈。

廣岡浅子さんは明治時代の女性実業家として活躍、また日本女子大学設立に尽力、当地では女性解放のための研修会を開催、市川房枝や村岡花子らが参加していました。廣岡浅子さんの生涯は古川智映子の小説『土佐堀川』で紹介されています。また2015年度下半期のNHKの連続テレビ小説『あさが来た』の主人公のモデルです。

第二次世界大戦中、神田先生夫妻は御殿場に疎開、東京帝国大学の講義にここから通勤。戦後、国際基督教大学構内に転居後も、夏季休暇は御殿場で過ごされ、学生や卒業生のための勉強会と集会開催。
国際基督教大学定年退職後、敷地内に新居建築。ペディラヴィウム会創設前後の集まりの多くも、御殿場で開かれました。

1982年、神田盾夫先生から、ペディラヴィウム会員80名に、土地建物寄贈。
1986年神田先生逝去。以後、ペディラヴィウム会が管理。懇談会・研修合宿など開催。
2013年、土地を売却し、跡地に建設された、マンション(ウィステリア御殿場アクシス)の106号室と107号室を取得。107号室に旧神田邸の家具・食器・絵画等を収納。
廣岡浅子名義の土地が残る敷地の一部に、メモリアルガーデン造営。
青葉台と並んで、この施設でも懇談会・研修会・講演会・演奏会等を開催。

[最終更新:2015年10月24日]
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posted by ペディラヴィウム会 at 21:54| ペディラヴィウム会